他の国立大学では想定しがたい処分ー国立大学の監事職経験を持つ堀龍之弁護士

平成28年12月24日

丸の内綜合法律事務所
弁護士 堀 龍之

私は弁護士として、国、地方自治体、独立行政法人及び民間企業における懲戒処分の適否に関する訴訟や示談交渉等を主として使用者側の立場で多数経験してきました。そのような経験及び専門的立場から、標記和解の経過及び結果に関する評価を述べた上で、意見を申し述べます。

なお私は、8年間にわたって国立大学の監事を務め、国立大学における懲戒処分手続きについての知見も有しています。


1  国立大学法人富山大学(以下、「富山大学」といいます。)が竹内潔氏に対して平成25年6月6日に行った懲戒解雇処分(以下、「本件処分」といいます。)の適法性が争われた仮処分申立事件の記録によりますと、富山大学の本件処分は適法性を欠く違法な懲戒処分であったと考えます。
その主たる理由を以下に述べます。

2  富山大学は本件処分の理由として、大要、①竹内潔氏が人文学部の教授公募の際等に作成・提出した種々の業績一覧表の内容に未刊行業績等に関する虚偽の記載があり、②この非違行為は「重大な経歴詐称」に該当するから懲戒処分が相当であると主張していました。

被用者を非違行為により懲戒解雇することが認められるのは、当該処分が刑罰における死刑に等しい重大な懲戒処分であることからすると、①非違行為の存在が十分に認定できること、②当該非違行為が重大な違法性を有しており、懲戒解雇以外のより軽微な懲戒処分によることができないこと、③他の被処分者に対する懲戒処分とのバランスを失していないこと、④処分対象者に十分な弁明の機会を与えるなど、適正な 手続きにより懲戒処分が審理されること、などの要件を全て満たす場合に限られます。

3  富山大学が指摘する竹内潔氏の「非違行為」は、富山大学の現教員や名誉教授、他の大学の人文学系の研究者などの評価基準によると、自身の業績として記載することが許容されると解する者の割合も相当数あり、一概に虚偽と断定するには躊躇せざるを得ません。

富山大学は、研究案件を取り扱う特則を竹内潔氏には適用せず、同氏が専攻する人文学系の教員を除外したメンバーのみから構成した「疑義調査会」を組織して調査を行い、さらにやはり人文学系の教員が含まれない懲戒委員会で審査を行いました。

「疑義調査会」が富山大学の諸規則に根拠を有しないことは措くとしても、未刊行業績を業績一覧表に記載することの可否について人文学系の教員が含まれない二つの組織で調査と審査を行って「虚偽」と判断したことは、懲戒手続における判断の適正性を欠くものといわざるを得ません。

4  竹内潔氏が作成・提出した業績一覧表の記載中虚偽とされるものはごく一部であり、しかもその多くは些細な記載ミスをあげつらうものであることに加え、竹内潔氏が教授公募における自身の優位性を図るために記載したとは到底評価できないものであること等を考慮すれば、この「非違行為」が重大な違法性を有していると判断することは困難です。

5  富山大学における過去の懲戒処分においては、入試合否判定のミスにより16名の合格者が不合格になった事実を2年以上隠蔽することを組織的に主導した学生部長が懲戒解雇処分を受けた例がありますが、この組織的隠蔽に荷担した学部長は停職12か月の懲戒処分を受けただけでした。

ほかには、4700万円以上の研究費を不正使用した医学部教授と盗撮により現行犯逮捕された教員は諭旨解雇に処され、無免許のうえ飲酒運転で起訴された教員は停職4か月の懲戒処分を受けるにとどまっています。

これらは、入試事務という大学の根幹的な業務において著しく不適正な行為を長期間継続して教育研究機関としての信頼を失墜させた重大事案であったり、組織的秩序を著しく害したり事案であったり、明白な刑事事件に該当する行為ですが、竹内潔氏の「非違行為」は大学の信頼失墜や組織秩序を害するものとは到底言うことはできませんし、刑事事件該当の可能性などはまったくありません。

したがって、他の懲戒処分に比し、竹内潔氏に対する懲戒解雇処分が著しくバランスを欠き重すぎる処分であったことは明白です。

6 本件処分は富山大学の諸規則に何の根拠も有しない「疑義調査会」の調査により疑義が報告され、この報告に基づいて人文学系の教員のいない懲戒委員会における懲戒処分の審査が進められました。

また、その手続きにおいて、竹内氏に弁明の機会を十分に与えたと評することは困難です。これらの蝦疵により、本件処分は適正な手続きの保障を欠く懲戒手続きによりなされたものと評価せざるを得ません。

7 以上の諸事実から、竹内潔氏に対する本件処分は適法性を欠く違法なものといわざるを得ません。

少なくとも私が知る限り、富山大学の行った本件処分の懲戒手続のような杜撰な懲戒手続は他の国立大学法人では想定しがたく、また、富山大学の認定を前提としても懲戒解雇処分が強行されるなどということはあり得ないことと思います。


2017年01月05日